シネマレビュー その28 『海よりもまだ深く』
篠田良多(阿部寛)は探偵事務所に勤める冴えない中年男。かつては文学賞の受賞経験もある小説家であった が、今ではすっかり低迷し、妻の響子(真木よう子)からは愛想を尽かされ離婚。月に一度、息子と過ごす時間だけが唯一の楽しみであった。嘆きながらも毎日を過ごす良多であったが・・・
それでもきっと、意味はある
いまや世界で最も評価される日本人監督の一人となった是枝裕和氏。
個人的にも一番新作が観たいと思う監督さんです(^^)
是枝映画の魅力といえば、何気ない日常に潜む一人ひとりの心の機微を細やかに捉えながら、最終的に人の人生そのものを描いてゆくという大胆な視点の転換にあると思います。
徹底してミクロな事象を用いながらも、そこから “人生観” というこの上なくマクロな着地点を炙りだしてゆく。監督の映画が世界中で評価されるのは、このような普遍的なテーマの選定と、それに対する飾り気のない真摯な目線に依るところが非常に大きいと思います。
とくに本作は、前2作が新生児取り違えというセンセーショナルな題材を扱った『そして父になる』、今が旬の若手女優4人が集結した『海街diary』であったことを考慮すると尚更その素朴さが際立ちます。
しかし本作から発せられるメッセージはある意味で非常に残酷なものであり、誰の胸にも何かしらの痛みを残すものではないでしょうか。
どんな人も、大なり小なり夢をみるもの。しかし多くの人は挫折し、傷を負いながら今を生きていると思うんですね。
「こんなはずじゃなかった」
作中、何人もの人物がこんな言葉を発します。
なりたい大人になんてなれない。
思う通りの人生なんて生きられない。
本作は、そんな「こんなはずじゃ」を抱えた人々のやるせない想いを、時にもの悲しく、ときにコミカルに描いてゆきます。とくに諦念の情を抱えながらも達観して人生を受け入れている樹木希林の巧さには唸るものがありました。
何かをあきらめない限り、幸せをつかむことはできない。
でも、あきらめられないのが人間の哀しい性なんですよね(^^;
いつもの是枝映画よろしく、派手な見せ場といったものは一切ありません。
それでも、良多たち家族が台風の夜、ぎこちないながらもかつての絆を少しだけ取り戻し、一歩ずつ前へと歩もうとし始める一連の描写、そして終盤に描かれる良多の父親が遺した“あるモノ”をめぐる展開には思わず胸が熱くなりました。
一見うす汚く無価値に思えたものが、じつは何物にも代えがたい価値を持っていたと気付かされる瞬間。どんな人生であっても、きっと誰かの役に立っているはずだという、やさしさに溢れた名場面でした。
誰の身にも起こりうる、あらゆる人生の縮図のような作品です。
圧巻の是枝マジック、本作でも健在でした!
札幌市内で『海よりもまだ深く』を上映している映画館は「ユナイテッド・シネマ札幌(サッポロファクトリー内)」「札幌シネマフロンティア(ステラプレイス内)」です。
comment closed